「・・・・・あんたはなんという花魁かのう」
「紫でありんす」
「そうか、ええ名じゃのう、奇麗な名じゃ・・・・・」
ハイカラーにネクタイのよく似合う目の澄んだ若い官吏は、それだけ言うと黙ってしま
った。目の感じと無口そうなところが勇吉に似ていて久野ははっとしたが、それよりその
人の言葉の訛りが気にかかった。
「貴方様のお生まれは西でしょうに・・・・・」
花魁の方から訊くことではないが、久野はつい廓言葉を忘れて訊ねてしまった。
「岡山ですか・・・・・それとも播州(兵庫県)・・・・・」
「そうだ、よう当たったのう、備中なんじゃ。そういう紫太夫はどこなんじゃ」
「はい、お隣の備前でございます」
銚子ちょうしを差し出しそんな話を小声で交していると、上座で伊藤公のヨコに坐っていた人が突
然手招きしながら大声で、
「こらこら、紫太夫、そこでなにを喋っている。こちらへも来んか」
久野が上座の方に移ると今度は、「紫太夫、今夜はここで俺と寝んか」といきなりそんな
ことを言い出した。 −後略−

備中の人

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